生物の細胞内は、酵素など分子機械を含む多種多様な分子で混雑した、不均一な環境である。本研究の目的は、このような環境での反応拡散過程が、通常の反応拡散系(偏微分方程式系)の振舞いとどう異なるかを明らかにすることである。前年度までに、反応に伴う分子機械の構造変化が周囲に及ぼす影響、また、分子間の力学的な相互作用が反応過程に及ぼす影響を表現できる簡単なモデルを構成した。シミュレーションにより、時空間パターンや反応速度の相転移的変化、隣接分子による障壁の効果などが確認された。特に、反応生成物が分子機械(酵素)を活性化する場合に、一定の条件の下で、分子機械の動作(構造変化)が基質・生成物の流れを促進すること、これにより、不活性な分子機械のクラスタと、活性化された分子機械を含む流路との分離が起こることが観察された。 本年度は、この現象に注目し、パターンの発生条件や時空間スケールなどの詳細を検討するとともに、実際の細胞内環境における現象の可能性を考察した。また、分子機械と低分子とが分離したパターンも観察されたため、同時に検討を行った。特に拡散が遅い場合、分子機械の動きが周囲の基質や生成物の輸送の様相を大きく変化させ、空間的な構造(クラスタ)の安定性にも影響することが示された。 以上の成果は、国際会議・学会等で発表したほか、現在、雑誌論文として公表準備中である。 これらの結果は、混雑環境下において、分子機械の構造変化と機能との相関が、系の時空間パターンに顕著な効果を及ぼす可能性を示しており、細胞内における分子の「動き」の重要性を示唆している。特に、これまで反応拡散系とは独立に研究されてきた、生体分子機械のモデリング・動力学シミュレーションと組み合わせることで、化学・力学的相互作用が複合したシステムである細胞の振舞いの理解に役立つと期待される。
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