本研究では、ビタミンAの代謝物であるレチノイン酸を真似て核内受容体の一種であるレチノイン酸受容体(RAR)にアゴニスト作用を示し、多様な脊椎動物種に外部形態異常等の生体影響を引き起こす可能性のある"環境レチノイド"による水環境汚染に伴う健康被害や生態系崩壊の可能性を適正に評価するため、日本の水環境中における環境レチノイド汚染の実態把握および原因物質の特定を試みた。昨年度の調査から、河川や都市下水ではRARアゴニスト汚染が普遍的に生じていることが明らかになった。そこで今年度は、顕著なRARアゴニスト活性が検出された試料から原因物質の特定を試みた。HPLCを用いて活性画分を分画・精製し、精密MS分析により原因物質の化学構造の同定を試みた結果、下水中の主要なRARアゴニストが天然のレチノイン酸類(all-transレチノイン酸、13-cisレチノイン酸)とその酸化代謝物である4-oxo-レチノイン酸類(4-oxo-all-transレチノイン酸、4-oxo-13-cisレチノイン酸)であることが明らかになり、ヒトの排泄物に由来していることが示唆された。一方、河川水中の主要なRARアゴニストは、化学構造の特定には至らなかったが、下水中のRARアゴニストとは異なる物質であることが明らかとなった。このことから、水環境中には多様なRARアゴニストが存在していることが示唆された。さらに、下水中の主要なRARアゴニストについて、RARαアゴニスト活性の用量反応性を調査して半影響濃度等の毒性指標を算出すると共に、下水処理系内での挙動を定量的に解析した。これらの結果に基づき、下水中のRARアゴニストの放流に伴う自然界での生態リスク発現の可能性について検討したところ、現在の汚染レベルは毒性発現レベルに比べて十分に低く、野生動物への悪影響が生じる可能性は高くないことが示唆された。
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