本年度は第一段階として、まずイタリアの伝統建築を取り上げ、建築に関する無形的な要素の保存に関する調査を進めた。イタリアでは、無形文化財保護制度がまだ行政的に設立されておらず、建造物の伝統的な工法には一度消滅したものもある。だが、近年になって建築の伝統技術が研究対象となり、再評価され、その伝統を再生しようとする動きがみられるようになっている。事実、とくに農村の伝統的建造物に関する無形的な要素(工法、材料、建築類型等)が研究・調査された。それらを新築に再利用する運動自体は、歴史的に見ると1930年代にまでさかのぼることができる。近代運動の渦中にいた建築家たちは、もっとも合理的で、建築設計に欠かせない見本として農村建築を研究したのである。そのなかで扱われた伝統技術、無形的な要素は、建築史研究や保存修復とも完全に無関係ではいられない。しかしながら、結果だけを見ると、それは制度的な保存技術の継承制度には繋がらなかった。その後の推移を追うと、1970年代に、イタリア全土における文化財の目録作成が始まる際に、有形文化財以外にも音楽から儀式までを含む無形文化財の目録作成が含まれるようになるが、まだ民俗学的な要素が強いと言わざるをえない。1990年代以降になって、具体的な保護のプロセスが開始される。このように、有形文化財に付随する形で、建設知識と技術関連知識を保護しようとする動きがはじまるのである。そして、そこには日本における伝統建築の無形的要素の保存とは大きく異なる部分が認められる。イタリアにおける保存は、建造物とその関連知識だけではなく、それらを環境という広い範囲と強く結びつけ、環境や景観の一部として保存する考えに基づいて進められてきたことが明らかになった。
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