本研究の主な目的は、これまで年輪年代法の対象とされていなかったツガ属で、新たに暦年標準パターン(年輪幅の変動変化に関する基準資料)を作成することにある。そのため、これに適した木材試料を現生木、古材の別を問わず収集することが、本年度の研究活動の中心になった。 現生木については、まとまった数のツガ材を円盤標本のかたちで入手できるよう情報収集を行った。しかし、全国的にツガの伐採は低調で、出材がきわめて少ない現状があらためて明らかになった。今後は主要な対象を倒木や生立木に変更し、次年度は各地で成長錐によるサンプリング活動を行うことにしている。 古材関係では、所有者や保存修理技術者のご理解とご協力を得たうえで、解体修理中の近世建造物2件の建築部材について、年輪幅を計測した。 當麻寺大師堂(奈良県葛城市)では、ツガ材のほか、ヒノキ材からも年輪幅を計測した。ここで、試みにツガ材とヒノキ材の年輪データを比較したところ両者のクロスデートに成功し、さらにヒノキ材について判明した年輪年代をもとにツガ材の年代を求めたところ、記録や痕跡から判断した建物の履歴と矛盾しない結果が得られた。間接的な結果ではあるが、ツガの文化財で年輪年代が判明したのは、国内ではこれが初めてである。 願泉寺本堂(大阪府貝塚市)では、ツガ材の年輪幅を計測した。試みに、これを當麻寺で作成したツガ材の年輪データとクロスデートしたところ、願泉寺の記録類とも矛盾しない年代値が得られた。 現在のところ、ツガの暦年標準パターン実用化までの道のりは依然として遠い。しかし、上記のように集積が進みつつある17世紀初頭の年輪データは、ツガと他の樹種の比較も有効であることを示している。また、複数の物件で横のつながりが確認できたことにより、ツガの場合も、将来はヒノキやスギのように多面的に年輪年代法を適用できるという見通しが得られた。
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