本研究の目的は、計算機シミュレーションを用いてステンレス鋼の応力腐食割れ解析を行うことである。PM6半経験分子軌道法について調査した結果、用いる元素種によって計算時間が著しく大きくなり、結果的に扱える原子数が少なくなることがわかった。そこでPM6半経験分子軌道法に分割統治法を組み合わせた新たな手法である拡張半経験分子軌道法を開発し、扱える原子数を大きくすること試みた。拡張半経験分子軌道法を用いた結果、元素種に関わらず扱える原子数が10000原子以上となり、合金系の局所的な電子物性を理解するには十分な領域を確保することができるようになった。研究計画では、取り扱う原子数を大きくするために、半経験分子軌道法と他手法とのハイブリッド化を行う予定であったが、拡張半経験分子軌道法は結果的にこの問題を解決していた。そこで以後は拡張半経験分子軌道法を用いて解析を行うこととした。まずステンレス鋼の応力腐食割れに関する予備検討として、体心立方格子をとる鉄に不純物として酸素が挿入された系について結合エネルギー解析を行った。解析の結果、鉄原子と酸素原子の結合力は著しく強くなる一方で、鉄原子間の結合力は平均値よりも若干弱くなることがわかった。これは酸素原子の侵入が鉄系を脆くする可能性を示唆している。また古典分子動力学法で作成した鉄ランダム粒界系の結合エネルギー解析を行った。解析の結果、ランダム粒界近傍では対応粒界よりも結合力が弱くなる領域があることがわかった。これはランダム粒界が優先的にき裂進展する可能性を示唆しており、これは実験により得られた傾向と一致している。
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