シリコンは融解すると金属になる。このとき電気伝導度は何桁も増大し、アルミニウムなどの自由電子近似が成り立つ通常の溶融金属のものとほとんど変わらない。さらにホール係数や熱起電力も自由電子的値を示す。このように、共有結合を持ち典型的な半導体である結晶シリコンは、融解すると一転して単純な金属(等方的構造をもちかつ電子が自由電子として振舞う)になる、そのように長い間考えられてきた。 近年、溶融シリコンについて第一原理動力学シミュレーションが行なわれ、価電子上体についての情報が得られた。それによると、これまでの自由電子的描像に反して、溶融シリコン中にはフェムト秒で隼成消滅を繰り返す共有結合が存在し、しかもそれらが非常に多くの割合で存在する。しかし、これまでの多くの試みにもかかわらず、共有結合の存在を直接観測することに成功した例はない。シリコンの融点は非常に高く(1412度)、化学反応性が強い溶融シリコンをいかに安定に保持するか、また、高温試料の電子状態を直接観測するにはどのような測定法を用いるのが適切か、といった克服すべき多くの課題があり、これらのことが実験的研究の障害になっていた。 本研究は、溶融シリコン中に共有結合が存在するかどうかを実験的に明らかにすることを目的とする。そのために、静電浮遊法を用いて真空中に浮かせたクリーンな溶融シリコンに対して、Spring-8の放射光X線を用いたコンプトン散乱測定を行い、電子運動量密度分布を決定する。電子運動量密度分布を詳しく解析することによって、シリコンの4個の価電子が自由電子的か共有結合的かを判定する。
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