遺伝情報の担体である染色体DNAは、多様に代謝されるダイナミックな分子であり、その動態を総合的に理解することは大変重要である。その手がかりとなるのが、転写、組換え等複数のDNA関連機能を有するDNA結合因子(以下、多機能性転写因子)である。これらの活性は厳密に制御されており、通常置かれた状況に適切な機能のみが発揮されるが、そうした多機能性の分子基盤については末だ明らかになっていない点が多い。分裂酵母のATF/CREBファミリー因子Atf1-Pcr1は転写、組換え等に関わる多機能性転写因子である。本研究ではAtf1-Pcr1をモデル因子として取り上げ、その組換え活性化機構を明らかにすることを目的とする。特に、Atf1-Pcr1依存的な転写、組換えが活性化される、それぞれ減数分裂期誘導直後、誘導3時間後に注目し、(1)Atf1-Pcr1分子状態、(2)Atf1-Pcr1結合部位周辺の染色体構造の2点に注目して解析を行った。 その結果、(1)減数分裂期に進入後、その進行とともにAtf1の電気泳動上の移動度が変化することが見出された。これは、Atf1の翻訳後修飾状態が変化していることを示している。従って、転写活性化に関わる際と組換え活性化に関わる際とで、Atf1の分子状態が異なっている可能性が考えられる。また、(2)Atf1-Pcr1依存的な転写が活性化されている部位と組換えが活性化されている部位周辺で、ピストンのアセチル化状態とメチル化状態が残基特異的に異なっていることがわかった。以上から、異なった分子状態のAtf1-Pcr1が、周辺のピストンを異なった状態に修飾することで、転写または組換えを活性化する、というモデルが考えられた。これは、多機能性転写因子の作用機序を考える上で、極めて重要かつ新規な知見である。
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