本研究ではコオロギを材料として、オス個体同士の闘争行動を引き起こす体表物質の情報処理機構を調べることを目的としている。攻撃行動の発現には-酸化窒素(NO)シグナル系が深く関与することが示唆されており、体表物質の情報が脳内でどのように処理され、その中でNOがどのような役割を果たしているのか、その全体像を探りたい。 これまでの研究から、コオロギの闘争行動発現には触角からの化学感覚入力が重要であると考えられていたが、その詳細については明らかにされていない。そこでまず、触角をはじめとする種々の感覚情報の遮断が攻撃行動に及ぼす影響を調べることから着手した。その結果、触角からの入力が、相手に闘争をしかける際に不可欠であることや、敗者の逃避行動の発現に関与することなどが明らかとなった。次に、攻撃行動の発現とNOシグナル系との関わりを調べるため、闘争行動の前後にNO合成阻害剤を頭部に投与する行動薬理学実験を行った。その結果、闘争行動時におけるNOの合成阻害により敗者の攻撃行動の回復が早まることが示唆された。さらに、NOシグナルは脳内のオクトパミン量にも影響を与えることが明らかとなっており、現在、両者の関係を詳細に検討中である。攻撃行動におけるNOの関与は、これまでに脊椎動物を含む多くの動物によって報告されている。オスコオロギの闘争行動は攻撃行動と闘争経験に基づく行動切替えにおけるNOの役割を解明するモデル系としての有用性が期待される。 さらに、共同研究者との協力により、攻撃行動を引き起こすオス個体の体表物質の解析もすすめている。これまでに、体表炭化水素のうちオレフィン物質が攻撃行動の発現に関与することが示唆されていたが、これらの物質の分子構造を決定し、人工的に合成した単体を使った行動解析を行なった。さらに解析をすすめることにより、今後の電気生理学実験に用いる刺激物質を選定したい。
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