加齢に伴う記憶力の低下(加齢性記憶障害:ボケ)の神経機構は学習・記憶の形成機構の解明につながるため、動物生理学分野においても重要な課題である。本研究ではバッタ目昆虫であるフタホシコオロギのボケを薬理行動学的に調べた。前年度、成虫脱皮3週間目の加齢コオロギにおいて視覚学習を行った場合、訓練1時間後の短期記憶は正常だが、訓練1日後の長期記憶が全く形成されないことを報告した。今回、加齢コオロギに視覚学習訓練前にNO-cGMP系の促進剤を投与することで長期記憶のボケが完全に回復することを示した。すなわち、嗅覚学習、色覚学習だけでなく、昆虫の視覚学習のボケにもNO-cGMP系が関わっていることが示唆された。昆虫の視覚学習のボケの回復は本研究がはじめての知見である。これまでの結果から申請者は「コオロギの加齢依存の長期記憶の低下は加齢に伴うNO-cGMP系の活性の低下によって引き起こされる」という作業仮説を立てた。NO-cGMP系の活性の低下とはNO合成酵素の量の減少もしくは活性の低下が考えられるが、それを調べるために、加齢コオロギと成虫脱皮1週間目の若成体コオロギの脳におけるNO合成酵素(NOS)の発現をNADPH免疫組織化学法で調べてみた。その結果、キノコ体の葉部において加齢コオロギと若成体コオロギとでNOSの発現に差は見られなかったが、傘部においては加齢コオロギの方が若成体コオロギと比べNOSの発現量が低い傾向が見られた。この問題をさらに詳しく調べるため、今後は免疫抗体染色法を用い、加齢コオロギと若成体コオロギの脳のNOSの発現パターンを比べる。
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