研究概要 |
本研究課題では, 「キャノピーの視覚情報を利用して定位するベニツチカメムシのナビゲーション行動をモデル系として, 1. キャノピー定位の行動的特徴を解明し, 2. キャノピーがもつ複雑なギャップ群からいかにして方向視覚情報を絞り込むのかを明らがにする」ことを目的としている. 本年度は, 2. の視覚情報の選択的利用に関する研究を中心に遂行した. 本種の複眼は体側に半球状に張り出しているが, 体部によって隠れてしまう後方には個眼が存在しない. 形態に基づく光学的測定により, 後方の水平断面の約100°, 矢状断面の約70°が死角になることを明らかにした. この死角のため, 餌場と巣を往復するカメムシは, 餌場-巣軸上にある地表に近いギャップを一時的に見ることができない. 円形のギャップを人為的に開口させたドーム状の大型実験アリーナによる行動実験から, 以下の結果を得た. (1)地平線上に1つの円形のギャップを提示した場合, 出巣あるいは帰巣時に死角に入るような位置にあるギャップでもカメムシは利用することができ, 正確に巣へ定位した. (2)死角に入るギャップと入らないギャップの2つのギャップを提示した場合, カメムシは同様に正確に定位した. (3)その2つのギャップを見せながらカメムシを出巣させ, 餌場に着いた段階で片方のギャップを閉塞して帰巣させると, カメムシは死角に入る方のギャップが閉塞されても正確に巣へ定位した. これらの結果は, カメムシは2つのギャップが併存した場合, 単独でそれぞれを利用できるにも関わらず, ギャップ情報に重み付けをすることにより, 一方のギャップを主として利用することがあることを示している. 本種のキャノピー定位にみられるギャップの選択的利用は, 複眼の死角という感覚器の構造的制約を十分に補償するものであると強く推察される. 多様な情報が入力される視覚では, 重み付けという情報処理によって選択的利用がなされている.
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