研究概要 |
昨年度はHes7の分解機構を検討したが、本年は、Hes1の分化調節における新たな機能を解明した。 胚性幹(ES)細胞から様々な種類の細胞を分化誘導する方法が確立されてきているが、ES細胞は均一に分化するのではなく、個々の細胞がばらばらなタイミングで分化することが知られている。このES細胞分化の不均一性は長年観察されていたものの、そのメカニズムはほとんど分かっていなかった。 我々は、ES細胞においてbHLH転写因子群に属する抑制型の転写因子Hes1が、未分化性維持因子であるLIF, BMPの制御下で豊富に発現しており、その発現は同じ細胞コロニー内であっても細胞間で不均一であり、個々の細胞内ではHes1の発現がES細胞内で3_5時間の周期で発現振動(オシレーション)していることを見いだした。Hes1の発現のオシレーションは、Hes1の下流遺伝子Gadd45gやDelta-like1 (Dll1)の発現変動を引き起こした。Gadd45gは細胞周期のG2/M期のインヒビターであり、Dll1は神経分化に必須とされるNotchシグナルのリガンドであることから、これらの下流遺伝子の発現変動は細胞の分化能力に影響すると予想された。そこで、Hes1の発現レベルが高い細胞と低い細胞を分離した結果、Hes1タンパク質の発現が高い細胞は初期中胚葉に、発現が低い細胞は神経に分化する傾向があった。この結果は、分化誘導時のHes1の発現レベルによって、その後の分化の方向性が決定されることを示す。さらに、Hes1ノックアウトES細胞株を作成し、神経への分化誘導を行った結果、非常に高い効率で均一に神経系に分化した。以上の発見により、Hes1の短周期のオシレーションによって、様々な分化ポテンシャルをもつES細胞が作られ、幹細胞の不均一な分化に寄与することを見いだした。遺伝子の発現振動は、同じ遺伝的背景を持つES細胞が、多様な細胞分化を可能にする基本メカニズムの一つであろう。今後、Hes1のオシレーションを支える細胞システムを解明する予定である。
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