好熱性紅色硫黄光合成細菌Thermochromatium (Tch.) tepidumは紅色細菌の中で唯一の耐熱菌であり、その光捕集器官(LH1)は異常な集光特性を示す。これらの特性にはカルシウムイオン(Ca^<2+>)が関与しており、その作用機序を明らかにするため種々の金属の影響を調べた結果、ストロンチウムイオン(Sr^<2+>)がCa^<2+>と生合成的に置換することを見出した。従って、本年度は主にSr^<2+>置換型光捕集反応中心複合体の特性評価を行った。 Sr^<2+>置換型の細胞は野生型と同じ50℃で光合成生育を示した。Ca^<2+>非存在下、あるいはCa^<2+>、Sr^<2+>以外の金属カチオンでは正常な光合成生育は観測されなかった。精製したSr^<2+>置換型LH1複合体ではQ_y吸収極大が888nmに出現し、野生型の915nmよりも27nmブルーシフトしていた。このことから、Tch. tepidumにおいてSr^<2+>がCa^<2+>と生合成的に置換し、これによりバクテリオクロロフィルの吸収特性が制御されていることを強く示唆する結果が得られた。また、示差走査熱量分析計を用いた解析の結果、Sr^<2+>置換体では熱分解温度が67.3℃であり、野生型の75.0℃よりも7.7℃低い値を示すことが明らかになった。従って、Sr^<2+>置換によりLH1複合体の金属結合部位に微小な変化が生じ、蛋白質全体の構造安定性が低下したと考えられる。 生化学的な手法と比較すると生合成的な金属置換は試料の損傷を伴わず、コンタミネーションの問題も解消できるため、金属イオンの役割を明らかにする上で非常に有用な手法である。本研究で確立した生合成的試料調製法を用いて、今後様々な分光学的、熱力学的解析を行う予定であり、蛋白質の熱耐性獲得機構における金属イオンの役割を明らかにする上で、有力な知見が得られると期待される。
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