癌原遺伝子産物c-Junは、様々な細胞機能を調節している転写因子AP-1の主要な構成要素であり、特に細胞周期のG1-S期遷移において重要な役割を担っていると考えられている。正常細胞においてc-Junの活性は、特異的転写抑制因子によって負に制御されていると考えられている。我々が見出した転写抑制因子Fb110は、c-Junに結合すると同時にDNA結合能を持つCxxCドメインを介してC-junプロモーターに直接結合し、転写を負に制御している。siRNAを用いてFb110の発現を抑制した細胞では、c-Junの発現量増加が観察され、それに伴いS期の細胞の割合が多くなる。 HP1ファミリーはヘテロクロマチンの形成に重要な機能を持つ蛋白質である。しかし、ファミリーの中でHP1γは遺伝子を含むユークロマチンにも局在することが知られており、遺伝子発現調節への関与が示唆されている。我々は、Fb110とHP1γとの相互作用を明らかにし、HP1γがc-junの発現抑制に関与している可能性を見出した。実際にHP1γの発現を抑制した細胞では、顕著なc-junの発現増加が観察された。これらの結果はFb110によるc-junの転写抑制にHP1γが関与していることを示唆していると考えられる。 ヒト癌ではc-Junの発現亢進が頻繁に認められることから、HP1γの発現をsiRNAにより抑制した大腸癌細胞の腫瘍形成能を観察した。予想に反して、HP1γの発現抑制は腫瘍形成を促進しないことを見出した。したがってHP1γの抑制により生じたc-junの増加は、細胞周期のG1-S期遷移の促進ではなく、細胞死誘導に関与している可能性があると考えられた。今後はHP1γがc-Junを介して制御している細胞死を解析していく。
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