ヒトの頭顔部における可視的形質に関連する遺伝子多型を明らかにするために、顔面形態・歯形態・毛髪形態を中心に表現型および遺伝子の解析を行った。顔面形態の解析は、3次元デジタルスキャナによる画像の他、頭部X線規格写真(セファログラム)を用いて行った。歯形態に関しては、歯列模型を用いて解析した。遺伝子関連解析の結果、幾つかの遺伝子においてこれらの形質と有意に関連する多型が観察された。既報の研究成果に関して特筆すべきものは、アジア人特有の毛髪の太さに関連するEDAR遺伝子の非同義多型が、「シャベル型切歯」や歯の大きさとも強く関連していることを見出したことである(Kimura et al. 2009 Am J Hum Genet)。シャベル型切歯とは、上顎中切歯の裏側の縁が隆起してシャベルのような形状をしている表現型のことであり、古人骨形態研究において、北東アジア人およびアメリカ先住民のマーカーとして用いられてきた形質であった。これまで、アジア人の太い毛髪やシャベル型切歯は、それぞれ独立に東アジアにおいて何らかの自然選択を受けて広まったと考えられることもあったが、これらの遺伝要因が同一であったことから、少なくとも一方の形質は副産物であった可能性が考えられる。また、部分的な遺物から抽出したDNA配列を基にその他の部分の形態的特徴を類推する目的で、我々の研究成果が参照されることもあり(Rasmussen M et al. 2010)、人類学研究において世界的に大きなインパクトを与えたと言える。
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