日本列島に居住していた過去の人類集団が生活環境の変化にどう適応してきたのかは、日本人の形成過程を探るうえで重要な問題である。本研究では、環境と密接に関連した人骨形質の時代変化を確かめるべく、環境に直接影響される骨代謝の解析と発育期のストレス・マーカー(エナメル質減形成)の検討を通して、生活環境が反映された人骨形質の時代的変遷から日本人の形成過程を解明することを目的とする。具体的には、縄文時代から近代までの各時代集団について、緻密骨の組織形態計測を行なうことで、骨の組織レベルでの代謝状況を詳しく調べ、各時代集団の運動量(肉体労働の程度)や健康状態を評価する。また、エナメル質減形成の出現状況を調査して、その集団社会の生活水準を検討する。これらの結果に基づき、生活環境の人体への影響を多角的に復元することで、人々の生活の実態の変遷を明らかにする。今年度は前年度に引き続き、資料調査とデータの収集に重点をおいた。骨の組織形態学的研究に関して、縄文時代から近世までの古人骨について、大腿骨骨幹中央部と中位肋骨骨幹部の緻密骨を試料として採取した。現在、採取した試料のプレパラートの作成を進めている。歯のエナメル質減形成の研究に関して、特に縄文時代と弥生時代の人骨について減形成の出現状況とその形成年齢を調査した。その結果、北部九州と山口地方の弥生時代人の減形成出現頻度が縄文時代人に比べて低く、農耕の導入により乳幼児期の栄養環境が改善されたことが示唆された。また方法論的な問題として、減形成の出現年齢を検討する際には、従来の多くの研究のように1歯種のみを対象とするのではなく、複数の歯種の出現パターンを比較する重要性を指摘した。これらの成果を日本人類学会大会および日本解剖学会学術集会で発表した。
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