本年度は、歩行動作における下腿筋群の弾性エネルギー産出の協働筋間比較、部位間比較を行った。被験者は各種既往症歴を持たない男子大学生9名を対象とした。実験条件は50m/min(ゆっくり歩き)、75m/min(普通歩き)、100m/min(早歩き)とし、平地(L)条件、下り(D)条件、登り(U)条件を設定した。被験筋は腓腹筋内側頭、腓腹筋外側頭、ヒラメ筋(以上下腿部)、内側広筋、大腿直筋(以上大腿部)とした。それぞれの条件において、歩行動作を行うときの下腿筋の筋電図を約30歩記録した。筋電図と同期して得られた足関節角度、膝関節角度、および床反力情報を用いて、得られた筋電図を伸張性収縮期(Ecc)と短縮性収縮期(Con)に分類した。各期の積分筋放電量の比(Ecc/Con比)をAbe et.al.(2007)に従って筋弾性の指標とした。 その結果、歩行速度が増加するにつれて下腿部3筋(腓腹筋内側頭、腓腹筋外側頭、ヒラメ筋)の筋弾性は有意に「低下」し、反対に大腿部2筋(内側広筋、大腿直筋)の筋弾性が増加した。また、大腿部の協働筋間に大きな弾性の差異は見られなかったが、下腿部の協働筋間において、単関節筋であるヒラメ筋の弾性発揮が大きい傾向が見られた。 近年、歩行中にもアキレス腱の伸張・短縮が発生していることが指摘されているが、アキレス腱由来の弾性エネルギーは歩行中にも発生し、歩行のエネルギー消費の低減に一役買っていることを意味している。関連した先行研究の全てが、アキレス腱の伸張・短縮のみに着目しているが、歩行速度の大小、傾斜角度の有無に関わらず、アキレス腱の伸張・短縮度合いは変化しなかったことが判明している。これらの先行研究と本年度の研究結果は、歩行中に得られるアキレス腱由来の弾性エネルギーの再利用には、ある一定の限界があり、それを補完するように筋が弾性を発揮していることを示唆している。本研究で観察された、歩行速度変化、傾斜変化に伴う脚部位間および協働筋間における筋弾性のコーディネートは、ヒトのロコモーション(移動運動)における筋機能の機能的潜在性の存在を意味している。
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