近年の穀物需要の高まりや消費者の良食味志向を受けて、さらなる収量・品質の向上が望まれる。イネ科穀物は胚乳に貯蔵物質を蓄積し、胚乳は糊粉層とデンプン性胚乳から構成されるが、登熟期間中に前者は脂肪を、後者はデンプンを蓄積する。本研究では細胞単位で組織を切り分けることのできるレーザーマイクロダイセクションを用いて、そのような胚乳組織における空間的な貯蔵物質の違いを、炭素代謝の側面から明らかにしようとした。 水稲品種「コシヒカリ」の開花後7日と12日の登熟粒を実験に供試した。登熟粒をエタノール:酢酸=3:1で固定後、2%カルボキシメチルセルロースで氷結包埋した。厚さ7μmの横断切片を作製後、レーザーマイクロダイセクションで糊粉層とデンプン性胚乳の中心部を単離し、RNAを抽出した。10ngのRNAを増幅、cDNAを合成し、定量PCRによる遺伝子発現解析を行った。炭素代謝系酵素のうち、ヘキソキナーゼ、グルコース6リン酸トランスロケーター、UDPグルコースピロホスホリラーゼ、ADPグルコースピロホスホリラーゼ、グルコース6リン酸ジヒドロゲナーゼなどに関して調査した。 デンプンの蓄積するデンプン性胚乳では、グルコース6リン酸トランスロケーター、ADPグルコースピロホスホリラーゼの発現が高かった。一方、糊粉層ではこれらの遺伝子発現が著しく低かったことに加えて、グルコース6リン酸ジヒドロゲナーゼの発現がデンプン性胚乳に比べて著しく高く、グルコース6リン酸がデンプン合成の方向の代謝ではなく、ペントースリン酸経路に流れていることが示唆された。以上の結果は、炭素代謝の側面から、糊粉層とデンプン性胚乳における貯蔵物質蓄積の違いを明確に示していた。
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