研究概要 |
酢酸菌の酸化発酵は,酸化反応産物をほぼ定量的に蓄積するユニークな代謝系であるが,その反応は呼吸鎖に組み込まれており,物質の酸化に共役してエネルギー(プロトン駆動力)を産生する。一方,バクテリアのべん毛モーターは,プロトン駆動力を回転エネルギーに変換する運動器官である。酢酸菌の酸化発酵をモデル発酵系として,エネルギー代謝との関連について理解を深めることが,本研究の目的である。物質代謝酵素を操作する代謝工学から,エネルギー代謝などの細胞生理学を利用する次世代型の代謝工学へと発展させたい。平成22年度の実績は以下の通りである。 今年度は,べん毛モーターをエネルギー消費系としてとらえ,べん毛モーター機能を制御することによる酸化発酵への影響を調べた。平成21年度に作製した酢酸菌Gluconobacter oxydans 621H株の,べん毛モーターのプロトン流を担うサブユニットをコードするmotB遺伝子の欠失株(ΔmotB株),その菌株に機能不全を相補するプラスミドを導入した相補株を用いて,運動能,酢酸発酵能を調べた。相補株は野生株よりも長時間運動能を維持していたので,野生株よりも運動能が強化されたと考えた。若干ながらも相補株,野生株,ΔmotB株の順で生育が悪かった。しかし,酢酸発酵の指標の一つであるpH低下については菌株間での差異は見いだせなかった。野生株に比べて相補株が,生育が悪くても酢酸発酵能に変化がなかったことから,べん毛運動の強化が細胞あたりの酢酸発酵能を上昇させることを示唆すると考察した。相補株では野生株よりもべん毛モーターの機能を高く維持でき,その分エネルギーを消費するため生育が悪くなる一方で,エネルギー負荷がなくなるため,発酵生産能を向上させたのではないだろうか。膜電位の形成や膜のプロトン伝導度の比較を行い,各菌株におけるプロトン駆動力形成能を明らかにすることで,この仮説を検証できると考えている。
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