日本周辺におけるエチゼンクラゲの生殖巣発達の径月変化については、7月上旬に東シナ海で採集された個体は生殖巣が未発達で、配偶子の形成はほとんど見られなかった。7月後半に対馬周辺で採集された個体では半数程度の個体が雌雄の判別可能で、雄では精胞が形成され、雌では卵細胞が出現し始める。雌個体のほとんどは卵細胞が未発達であったが、傘にエボシガイが寄生している個体では卵の発達が顕著に進行していた。8月に隠岐で採集した個体はすべて雌雄の判別が可能になる程成熟が進み、10月に入ると成熟した卵あるいは精胞を持つ個体が出現するようになった。11月に隠岐で採集された個体では、1.6億から6.9億の卵を有していたが、クラゲの重量と孕卵数の間に明確な相関はなかった。エチゼンクラゲが集積している湾内でプランクトンネットを曳き放出された卵やプラヌラの採集を試みたがまったく採集されず、日本周辺における繁殖実態についてはいまだ不明である。 エチゼンクラゲポドシストの構造と化学組成の調査では、透過電顕による観察では休眠細胞の核は小さく収縮し、タンパク質合成に関わる小胞体やゴルジ体はほとんど見られず、また呼吸を司るミトコンドリアは小型で数が少なかった。またメチグリーンピロニン染色ではRNAに対する染色反応がほとんど見られなかったことから、ポドシストの代謝活性は非常に低いことが予想される。代謝物質に関わる組織化学染色では、糖類(PAS染色法)、タンパク質(ソロクロムシアニン染色法)、脂質(スダン黒およびナイル青染色法)のいずれも休眠細胞内での蓄積が確認され、ポドシストはこれらの代謝基質を消費することで長期間の休眠を維持していると考えられる。形成直後のポドシストでは細胞が隙間なく詰まっている一方、長期間休眠したポドシストでは細胞塊の内部に間隙が現れ、長期間の休眠により栄養を使い果たした細胞が消失することが示唆された。
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