アポリポタンパク質A-Iとリン脂質混合物のコール酸透析によって生成するディスク状複合体とベシクルの生成量をゲル濾過によって分析し、生成比の温度依存性から、ベシクルとディスク状複合体の熱力学的安定性を評価した。その結果、ディスク状複合体は同じ量の脂質膜とタンパク質(遊離状態)と比べて、ディスク1モルあたり52kJ安定であると求められ、この安定化には主に、タンパク質のヘリックス形成によるエンタルピーの低下が寄与していることが判明した。一方、脂質膜のパッキングはディスク状複合体において高まっており、エントロピー的に不利な環境にあることが明らかとなった。時分割中性子小角散乱法によってリン脂質の粒子間移動速度を評価したところ、ディスク状複合体間のリン脂質移動はリポソーム間と比べ約20倍促進されていることが判明し、エントロピー的に不利な脂質環境を反映する脂質の動的特性が明らかになった。 一方、ベシクルにアポリポタンパク質A-Iを添加した際のディスク状複合体の形成は非常に遅い反応であったことから、ディスク状複合体形成過程における高いエネルギー障壁の存在が示唆された。生体膜においては、膜タンパク質ABCA1がこのエネルギー障壁を下げることで熱力学的に安定な複合体の形成を促進していると予想される。 さらに、ディスクの構造について蛍光分光法により評価を行った。その結果、脂質-タンパク質比に応じて複数のサイズのディスク粒子が形成可能であり、脂質含量の少ない粒子では、粒子中の脂質二重層が平面ではなく鞍状曲面を形成することを発見した。
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