われわれは神経細胞におけるERK5の生理的な意義について検討を加えてきた。まず、神経細胞のモデル細胞のPC12細胞をNGFおよびジブチリルcAMPで刺激すると、両薬物によりERK1/2は持続的に活性化されたが、ERK5はNGFのみによって活性化された。PC12細胞の神経細胞への分化に関するERK5の関与を検討したところ、NGFによるPC12細胞の分化はERK5選択的阻害薬のBIX02188により顕著に抑制された。さらに、ERK5のキナーゼ活性を消失させた変異体やERK5活性化因子のMEK5のドミナントネガティブ体によっても、NGFによるPC12細胞の分化は有意に抑制されたが、ジブチリルcAMPによる分化に対しては全く影響を与えなかった。つまり、NGFはERK5を活性化させることにより、PC12細胞の形態的な分化を誘導していることが示唆された。一方、NGFによるERK5活性化機構を低分子量G蛋白質のRasやRap1の関与に焦点をあてて検討した。まず、Rasのドミナントネガティブ体をアデノウイルスを用いてPC12細胞に過剰発現させたところ、NGFやEGFによるERK1/2の活性化が顕著に抑制された一方、両薬物によるERK5の活性化は全く影響されなかった。また、恒常的に活性化しているRas変異体を過剰発現させたところ、ERK1/2の活性化が引き起こされたがERK5は全く活性化されなかった。また、Rap1を不活性化するRapGAPを細胞に過剰発現させても、NGFやEGFによるERK5の活性化は阻害されなかった。以上より、NGFによるERK5の活性化には低分子量G蛋白質のRasとRap1は関与しないことが明らかとなった(この低分子量G蛋白質に関した研究は、オレゴンヘルスサイエンス大学ボーラム研究所のPhilip Stork博士との共同研究によって行われた)。
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