本研究は、運動学習のひとつとして知られる「瞬目反射条件づけ」を行動学的指標に据え、記憶成立に必要な脳三領域(小脳、海馬、側座核)におけるシナプス機構を明らかにすることを日的としている。本年度は特に、新規遺伝子改変マウスを利用することにより、小脳の分子基盤の一端を明らかにすることができた。このうち主要な成果3点を以下に記述する。 1. MAPキナーゼキナーゼの一種であるMEK1のドミナントネガティブ体(dnMEK1)あるいは代謝型グルタミン酸1受容体(mGluR1)を小脳プルキンエ細胞(PC)のみで発現させたマウスについて、瞬目反射条件づけを測定した。dnMEK1/mGluR1の発現は食餌中のドキシサイクリンの有無によって制御したところ、dnMEK1が発現する場合およびmGluR1が発現しない場合において、条件反射(CR)は著明に障害を受けた。その後PCの機能を正常に戻すと、徐々にCRが形成されるにいたった。これらの結果は、小脳皮質が瞬目反射条件付けの記憶の表出ならびに形成に必須であることを示すものであり、小脳皮質の重要性に確証を与えるものとなった。 2. 瞬目反射条件づけに対する、内因性カンナビノイド2-AG分解酵素monoacylglycerol Lipase(MGL)およびanandamide分解酵素FAAHの特異的阻害剤の効果を調べた。その結果、両阻害剤ともCR獲得の亢進をもたらし、2-AGおよびanandamideの両方が内在性カンナビノイドとして小脳記憶の成立に関与し得ることが示された。 3. GABA合成酵素の一種であるGAD67の発現が抑制されているマウスを用いて瞬目反射条件づけを測定したところ、その学習能力が大きく損なわれていることを見出した。本結果は記憶学習に抑制性シナプスが重要な役割を果たしていることを示唆するものとして興味深く、今後この詳細なメカニズムについて検討を行う予定である。
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