遺伝子治療の問題点の一つに、導入遺伝子の発現制御が困難であることが挙げられる。これまで研究代表者は、cytomegalovirus(CMV)プロモーター制御下の遺伝子発現が、活性酸素種(ROS)発生能を持つ抗悪性腫瘍薬により誘導され、edaravone(Eda)併用によって誘導が抑制されること、これら遺伝子発現誘導に転写因子activator protein 1 (AP-1)が関与していることを明らかとし、この現象を応用した導入遺伝子の発現制御について検討してきた。平成22年度は、CMVプロモーター下流の遺伝子発現制御過程を詳細に検討するため、遺伝子導入細胞に対して抗悪性腫瘍薬を負荷した際のAP-1リン酸化経路の変化について解析した。すなわち、遺伝子導入ラット皮膚線維芽細胞(FR)に、doxorubicin(Dox)、5-fluorouracil(5-FU)を単独あるいはEdaと共に30分負荷した。また、遺伝子導入ヒト皮膚線維芽細胞(NB1RGB)にDox、5-FUを単独あるいはEdaと共に30分、6時間および24時間負荷した。その後細胞ライセートを調製し、細胞内c-Jun、Jun N-terminal kinase(JNK)、p38 MAPK (p38)量とそのリン酸化タンパク量の変動について、Western blotting法を用いて解析した。その結果、FR細胞では、Dox負荷によってc-Jun量およびリン酸化c-Jun量が増加し、Edaの共負荷によってその増加が抑制された。また、Doxおよび5-FU負荷によってリン酸化JNK量およびリン酸化p38量が増加し、Doxによるこれらの増加は、Edaの共負荷により一部抑制された。一方、NB1RGB細胞では、Dox負荷開始30分後および6時間後において、リン酸化c-Jun量がcontrolと比べて増加し、Edaの共負荷により一部抑制された。また、リン酸化JNK量は、Doxおよび5-FU負荷によって増加する傾向が見られた。さらに、リン酸化p38量は、Dox負荷開始6時間後まで時間依存的に増加したが、負荷開始24時間後においてcontrolよりも低下したことから、p38のリン酸化経路に何らかのフィードバック機構が存在していることが示唆された。以上の結果から、ROS発生能を有する抗悪性腫瘍薬によるCMVプロモーター制御下の遺伝子発現誘導には、AP-1リン酸化過程が関与していることが示唆された。
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