幼若期に母親からどういう愛着行動を受けるかによって、子の成熟後の情動性と子が母親になったときに示す母性行動が大きく修飾されることが知られている。しかしこのメカニズムはまだ明らかではない。我々はこれまでに、母親と隔離した仔マウスにおいて、視索上核のオキシトシン産生ニューロンでc-Fos陽性を示すものが多い傾向を確認した。さらに、出生後の5日間、仔マウスにオキシトシン受容体アンタゴニストを投与して成熟後の行動を解析したところ、社会行動が修飾される傾向を認めた。これらのことから、幼若期の母仔愛着行動時には仔のオキシトシン受容体が活性化され、それが成熟後の社会行動に影響を与えている可能性が考えられる。本研究では、オキシトシンと類似の構造を持つ下垂体後葉ホルモンで、幼若期の経験が成熟後の行動に影響を与えるメカニズムを理解する上で重要な因子の一つと考えられるバゾプレシンについて、ニューロンを特異的に破壊し、その社会行動に与える影響を検討した。バゾプレシンプロモーターの制御下でヒトジフテリア毒素受容体を発現する様なトランスジェニックラットを作成し、ジフテリア毒素によってバゾプレシンニューロンが特異的に死滅する系を利用した。共同研究者らにより、嗅球にバゾプレシンニューロンが存在し、バソプレシンや受容体アンタゴニストによって嗅球ニューロンの情報処理が修飾されることが明らかとなった。そこで、上記トランスジェニックラットに対するジフテリア毒素の局所注入により嗅球のバゾプレシンニューロンを特異的に破壊したところ、社会的認知能力が障害されることが明らかとなった。この結果は、嗅覚系に固有なバゾプレシン系によって、社会的情報の処理が一部担われていることを示すものである。今後、幼若期体験が成熟後の行動に影響を与えるメカニズムの解明を進める上で、嗅覚系のバゾプレシンの働きにも着目することが必要といえる。
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