神経細胞の活動は、精密に制御された様々な電位依存性チャネルにより支えられている。脳の高次機能発現においてはこれらのチャネルの神経伝達物質による制御が重要な鍵を握ると考えられるが、その分子・細胞レベルでの理解は非常に限られている。そこで本研究では、種々の神経伝達物質による電位依存性チャネルの制御を薬理・生化学的手法を用いて調べた。まず、樹状突起に発現するHCN1チャネルの制御について調べた。培養ディッシュ内での神経伝達物質の放出を薬理学的に操作し、そのHCN1に及ぼす影響を調べた。すると、HCN1は神経細胞の活動の変化に対抗する、つまり過剰な興奮では活動を抑制し、抑制された細胞ではそれを興奮させるように、その発現量と細胞内輸送とが制御されている事が分かった。更にこれは一時的なもので、神経活動の変化に応じて双方向的に変化するものである事が明らかとなった。これは神経細胞の恒常性を保つのに重要な機構と考えられ、その分子・細胞レベルでの制御機構を初めて明らかにする事となった。次に、脳疾患条件下での制御を調べるため、窒息などによる無酸素・低酸素暴露の動物モデルを開発した。この動物の脳での様々なチャネルを解析したところ、細胞体に発現して神経活動を制御するKv2.1チャネルが非常に動的な変化を示す事が分かった。更なる解析から、この変化はNMDA型グルタミン酸受容体の活性を介した可逆的なリン酸化によるものである事が明らかとなった。このリン酸化はチャネル機能を制御する事が知られており、よってこの結果はKv2.1のリン酸化状態による神経活動の制御が脳機能疾患条件下においてもダイナミックに起こっている事を示唆する新たな知見となった。これらは本課題で提唱した神経伝達物質による電位依存性チャネルの制御とその分子機構を生理・疾患条件下で示したものとなり、脳機能制御の新たな発現機構を示唆するものとなった。
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