インフルエンザウイルスは感染時の受容体であるシアル酸を含有していない硫酸化糖脂質スルファチドへ特異的に結合する。本研究はウイルス感染におけるスルファチドの機能解明を目的とする。スルファチドを発現していないサル腎由来COS細胞へ二つのスルファチド合成遺伝子(CST>CGT)を導入してスルファチド高発現細胞を作製した。また、インフルエンザウイルスの増殖性が高いイヌ腎由来MDCK細胞に豊富に存在するスルファチドを特異的分解酵素遺伝子(ASA)やCST mRNAに対するRNA干渉(RNAi)法の適用によりスルファチド発現抑制細胞を作製した。スルファチド発現を制御した細胞でウイルス感染性および増殖性を比較した。スルファチド発現が高い細胞はウイルス感染で若干の低下が見られた一方で、感染細胞から産生されるウイルス量やウイルス増殖性は顕著に増加していた。さらに、抗スルファチド単クローン抗体(GS-5)をウイルス感染細胞や感染マウスへ投与すると、ウイルス増殖は強力に抑制された。また、GS-5および抗ヘマグルチニン(HA)単クローン抗体はウイルスとスルファチドの結合を阻害した。感染細胞のスルファチドは、ウイルスのヌクレオプロテイン(NP)の核外輸送を促していた。この核外輸送は細胞表面のHAとスルファチドの結合を阻害する抗体により抑制された。結論として、スルファチドは感染の受容体ではなく、ウイルスの亜型に依存せずに感染細胞のウイルス産生を強力に亢進させていた。その機構は、細胞表面でHAとスルファチドの結合により核内のNPが積極的に細胞質へ輸送され、ウイルス形成を促進するものであった。ウイルス-スルファチド間の結合阻害剤は、上市の医薬品に耐性化したウイルス株の出現、H5型高病原性トリウイルスのヒトへの流行、新型ウイルスのパンデミック発生のすべてに対抗できる新たな薬剤の開発基盤として期待される。
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