本研究では、頻度の高い染色体異常によって悪性リンパ腫を層別化し、遺伝子多型と飲酒・喫煙習慣を中心とした食生活習慣、その他の環境要因との相互作用の検討を行う。これにより、悪性リンパ腫の染色体異常と発症リスク因子を明らかにし、今後の予防や治療の実現に資することを目的とした。本年度は組織学的には同じMALTリンパ腫であってもt(11;18)(q21;q21)の遺伝子異常によるAPI2-MALT1キメラ遺伝子陽性例と陰性例で予後の異なるMALTリンパ腫に注目し、キメラ遺伝子の陽性例、陰性例において発症リスク因子に差があるのかを症例対症研究の手法を用いて検討する事とした。症例は愛知県がんセンター病院を受診した、組織学的にMALTリンパ腫と診断された61例(API2-MALT1キメラ遺伝子陽性例14例、陰性グループ47例)、対症は当センターを受診した非がん患者で、症例に対して年齢、性を1:10でマッチさせた610例とした。飲酒、喫煙、身長および胃十二指腸潰瘍の既往歴とAPI2-MALT1キメラ遺伝子陽性グループと陰性グループ各々の関連を検討した。関連の指標としてロジスティック回帰分析によるオッズ比(OR)と95%信頼区間(95%CI)を用いた。 結果、胃十二指腸潰瘍の既往歴はAPI2-MALT1キメラ遺伝子陽性のMALTリンパ腫の発症とのみ有意な相関を認め、胃十二指腸潰瘍の既往歴のあるグループではOR=2.86(95%CI:1.31-6.14)(P=0.008)であった。その他の検討項目ではいずれのグループでも明らかな相関を認めなかった。 この結果は、API2-MALT1キメラ遺伝子陽性のMALTリンパ腫発症にはH.Pyloliの感染が一因と考えられている胃十二指腸潰瘍の既往との相関がない事を示唆しており、API2-MALT1キメラ遺伝子陽性のMALTリンパ腫と陰性のMALTリンパ腫で病因が異なることが考えられる。この知見は悪性リンパ腫の染色体異常と発症リスク因子を明らかにし、今後の予防や治療を実現していく上で重要な知見である。
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