Raf kinase inhibitor protein(RKIP)は、細胞内でRaf-1と結合し、癌化に伴う異常な細胞増殖シグナルを抑制している。この細胞増殖シグナルの中心的役割を果たすのが、Raf/MEK/ERKカスケードであり、PKC活性化剤であるホルボールエステルの暴露によって、RKIPがリン酸化されると、Raf-1を解離し、Raf/MEK/ERKカスケードが活性化することが知られている。一方、我々は、RKIPが一酸化窒素(NO)と容易に反応し、ニトロソ化する新規標的タンパク質であることを報告している。本研究において、ニトロソ化RKIPの生理的意義を解明することを目的に、ヒト胃癌細胞内のRKIPがリン酸化もしくはニトロソ化したときのRaf/MEK/ERKカスケードに及ぼす影響を、それぞれの特異的抗体を用いたウエスタンブロット、免疫染色、免疫沈降、ビオチンスイッチアッセイ、更にMEKやPKCの特異的阻害剤にて評価した。その結果、以下の知見が得られた。1、RKIPのニトロソ化は、RKIPのリン酸化を妨げた。2、RKIPのニトロソ化は、MEKへのニトロソ基転反応を介して、Raf/MEK/ERKカスケードの活性化を増強した。3、ニトロソ化したRKIPは、MEKのリン酸化反応には直接影響せず、MEKと結合することによって、ニトロソ化MEKとなり、これがERKリン酸化を引き起こすことを示した。 以上の結果より、ニトロソ化RKIPは、細胞内でRKIPのリン酸化反応を干渉する一方で、リン酸化RKIPとは全く異なる機構で、Raf/MEK/ERKシグナルの活性化を導き、この機構が、MEKのニトロソ化によって起こることを国内外で初めて明らかにした。本研究成果は、今後の癌(特に胃癌)治療薬の新規標的となる有用なエビデンスを提供することができたと思われる。
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