現代日本の死因第一位は肺癌で、最近40年間では肺癌死亡者数が10倍以上増え6万人に達する。一方、ウェルナー症候群の患者が肺癌を患う例は非常に稀である。ウェルナー症候群の患者では、メラノーマや軟部肉腫などに偏る傾向があり、一般的な発癌機構と異なる遺伝子発現制御機構が示唆される点で非常に興味深い。本研究ではWRN遺伝子の発現制御機構と癌化のメカニズムに注目し、培養細胞を用いて、WRN遺伝子の発現をsiRNAによってノックダウンした場合の各種癌抑制遺伝子の発現と細胞内シグナル伝達系の異常を調べた。 平成20年度は、ヒト肺がん由来癌細胞(A549)を用いて、WRN遺伝子をはじめとするRecQヘリカーゼ遺伝子群について、siRNAによるノックダウンを試みた。ノックダウンに関しては、タンパク質レベルで80%以上の発現抑制効果を目標とし、ウェスタンブロット法を用いてノックダウンの効果を評価した。WRN遺伝子については、デザインした4種類のsiRNAのうち、2種類のsiRNAについてノックダウン効果の高い条件を確立することができた。また、RecQ2(BLM)遺伝子とRecQL4遺伝子についても同様に、効率良くノックダウンできる実験系を構築することができた。 BLM遺伝子とRecQL4遺伝子のノックアウトマウスはいずれも胎生致死であるが、WRN遺伝子のノックアウトマウスについては胎生致死などの異常は見られないことが報告されている。これと類似して、本研究結果においても、BLM遺伝子とRecQL4遺伝子をsiRNAでノックダウンすると顕著な細胞死が観察され、WRN遺伝子をノックダウンした細胞では、顕著な細胞死は観察されなかった。 また、MSP(Methylation-Specific PCR)法を用い、癌細胞におけるRecQヘリカーゼ遺伝子群のメチル化を解析した結果、WRN遺伝子のメチル化は検出されたが、BLM遺伝子とRecQL4遺伝子のメチル化は検出されなかった。以上の結果から、WRN遺伝子はRecQヘリカーゼ遺伝子群の中でもBLM遺伝子やRecQL4伝子とは異なる発がんメカニズムを有することが示唆された。
|