がん細胞は酸素利用可能な状態でもあえてエネルギー効率の悪い嫌気的代謝を行う不思議な性質(Warburg効果)をもっており、がん研究の領域で長年の謎とされてきた。これに対して最近我々は細胞自殺制御の基本メカニズムを明らかにし、そこで得られた知見に基づいて「Warburg効果はがん細胞が好気呼吸による細胞死のリスクを回避しつつ嫌気的代謝により安全にエネルギーを確保しようとする巧妙なサバイバル戦略である」との仮説を世界に先駆けて提唱するとともに、「ミトコンドリア呼吸の回復によりがん細胞の細胞死(治療)感受性を回復できる」という新たな可能性を示した。本研究課題はこのような仮説の実証を目的とするものであるが、その過程で正常細胞に対するtemozolomideの毒性を増強することなくグリオーマ細胞に対する殺細胞効果を増強することのできる薬物を発見した。重要なことにこの薬物は単独でもミトコンドリア呼吸を促進するが、temozolomideとの併用時にはtemozolomideによるミトコンドリア呼吸促進効果を増強する。さらに、ミトコンドリア呼吸を抑制した状態では、この薬物によるtemozolomideの効果増強作用は失われた。これらの結果はこの薬物がミトコンドリア呼吸の促進を通じて細胞のtemozolomide感受性を高めていることを示唆するものである。次いでin vivoにおいてこの薬物がtemozolomideのもつ抗腫瘍効果を増強するかについても検討を行ったが、グリオーマ細胞をヌードマウス皮下に移植し、腫瘍を形成したのちこの薬物単独、temozolomide単独、あるいは両者同時に投与を行ったところ、この薬物単独には抗腫瘍効果は認められなかったが、両者併用でtemozolomide単独より顕著な抗腫瘍効果が得られた。これらの結果は上記仮説を支持するものであると同時に、グリオーマの治療抵抗性克服戦略に一つの新たな方向性を与えるものと考えられる。
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