本研究は咀嚼筋の副交感神経性血流増加反応における性差と咀嚼筋血流障害の発症機序及び病態との関連性を明らかにすることを目的とし、本年度(平成20年度)は顎・顔面領域(とくに咀嚼筋)の副交感神経性血流増加反応の応答特性における性差の有無を検討した。実験には、Wistar系雄性及び雌性ラット(10-20週齢)を用いた。ラットはウレタンを用いて麻酔して筋弛緩剤で非動化した後、人工呼吸器を用いて管理した。体幹血圧は大腿動脈から観血的に記録し、諸種の薬物は大腿静脈に挿入したカテーテルから投与した。咀嚼筋(咬筋)及び下唇の血流量はレーザードップラー血流計を用い、総頸動脈の血流量は超音波レーザー血流計を用いて継時的に測定・記録した。副交感神経性血流増加反応は三叉神経の求心性刺激により、脳幹の諸核を介して反射性に副交感神経線維を活性化させる方法を用いて誘発した。なお、本法は従来の直接的な神経刺激法では困難であった副交感神経の単独作用を生理的条件下で観察することを可能とする本研究室において独自に開発・確立された方法である。 その結果、1) 安静時の咬筋、口唇及び総頸動脈の血流レベルには性差がない、2) 三叉神経(舌神経)の求心性刺激により誘発される副交感神経性血流増加反応は刺激強度及び頻度に依存して増加したが、それらの依存度に性差は認められなかったことから、安静時の咀囑筋を含む顎・顔面領域の血流レベル、三叉神経中の感覚神経線維(求心路)及び顎・顔面領域に分布する副交感神経性血管拡張線維(遠心路)の応答性には性差がないことが明らかになった。したがって、咀嚼筋機能障害の病因及び発症率における性差の発現には、末梢神経の応答特性ではなく、これら血管反応に関わる神経伝達物質とそれらの受容体の特性(種類、アゴニストに対する親和性及び発現量)における性別によって異なるメカニズムが重要であることが示唆された。
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