本研究は咀嚼筋の副交感神経性血流増加反応における性差と咀嚼筋血流障害の発症機序及び病態との関連性を明らかにすることを最終的な目的としている。前年度(平成20年度)は咀嚼筋の副交感神経性血流増加反応の応答特性における性差の有無を検討した。その結果、反射性副交感神経性血流増加反応の応答特性には明確な性差が認められず、咀嚼筋機能障害の病因及び発症率における性差の発現にはこれら血流反応における神経伝達物質とそれらの受容体の特性に関する性差が重要であることが示唆された。そこで、本年度は副交感神経性血流増加反応に関わる神経伝達物質とそれらの受容体における性差の有無について検討した。実験には、Wistar系雄性及び雌性ラットを用いた。ラットはウレタンを用いて麻酔して筋弛緩剤で非動化した後、人工呼吸器を用いて管理した。体幹血圧は大腿動脈から観血的に記録し、諸種の薬物は大腿静脈に挿入したカテーテルから投与した。咀嚼筋(咬筋)及び下唇の血流量はレーザードップラー血流計を用い、総頸動脈の血流量は超音波レーザー血流計を用いて測定・記録した。その結果、1)咬筋の反射性副交感神経性血流増加反応はムスカリン受容体遮断薬(アトロピン)によって雄ラットよりも雌ラットの方が顕著に抑制される、及び2)このアトロピン感受性における性差は下唇及び総頸動脈の血流反応においても認められることが明らかになり、コリン作動性副交感神経性血管拡張線維は男性よりも女性の顎・顔面・口腔領域の血流調節に密接に関わることが示唆された。コリン作動性線維の活性は性周期或いは加齢に伴う女性ホルモンの血中濃度の変化に影響されることが多数報告されていることから、性ホルモンとコリン作動性副交感神経性血管拡張線維のはたらきは密接に関連しており、これらが咀嚼障害の発症率に認められる著しい性差を生じさせる要因の一つである可能性が示唆される。
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