子育てには喜びや怒りなどの側面が含まれていることから、養育は情動体験であり、育児の中で親が用いる方略決定において、親自身の情動体験が大きな影響を及ぼす。例えばポジティブな情動体験は応答性の良い暖かい養育を促進し、ネガティブなものは虐待的な養育をもたらす。これまでの筆者の研究結果から、注意欠陥多動性障害 (ADHD) の行動特徴が母親から子どもへの愛着 (マターナルアタッチメント) 形成を妨げ、その結果、厳格な養育態度に至ることが示唆されている。マターナルアタッチメントの意識的側面は、面接によって「愛や暖かい感情」、「所有・献身・保護の気持ち」、「世話をする事の喜び」の要素で評価される。本研究では、学童期のADHD児の母親のマターナルアタッチメントの形成プロセスを、半構造化面接を用いて情動の側面から明らかにすることを目的とした。ADHD児を持つ母親の情動表出の特徴について、小学校入学前・入学後・診断後の3つのフェーズごとに検討した。母親は2、3歳頃から『ADHDの特徴による育てにくさ』を感じ、小学校入学後は『教師、保護者からの批判』を受けていたが、『学校の理解・支援』『夫との良好な関係性/夫からの支援』が得られた場合、情動面は安定していた。母親の情動体験・行動ともフェーズ間でネガティブ面の出現頻度に変化はなかったが、ポジティブ面は診断後に増加していた。診断を契機に『疾患の知識』『ピアサポート』『医師からの具体的な対応策や暖かい言葉』を得ることで、問題行動の認識の仕方が変化したと考えられた。マターナルアタッチメントの側面から見ると、ADHD児の母親の情動体験はマターナルアタッチメントと密接に関連しており、情動体験の影響要因によってその内容がフェーズによって変化しており、これが養育態度と関連していることが考えられた。
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