研究概要 |
本年度はパーキンソン病(PD)における欺瞞行動の障害の神経基盤に関する研究を報告した(Abe et al.,2009)。PDは振戦、筋固縮、無動を主徴とする疾患であるが、遂行機能障害などの認知機能障害を伴うこともある。また、「真面目」「勤勉」「正直者」といったように、性格に一定の傾向を示すことも多くの研究によって示唆されているが、これらの性格傾向が脳の病理変化に由来しているかどうかは不明であった。本研究では「正直者」すなわち、嘘をつかないという傾向に焦点をあて、以下のような認知課題を施行した。PD患者群に、まず48枚の写真(生物及び物品)の記銘課題を施行した。その後、学習した写真48枚に学習していない写真48枚を加えた再認課題を行った。再認課題では、動画上で4名の人物がランダムな順序で登場し、写真を見たことがあるかどうかを一枚ずつ質問した。PD患者群は「見た」「見てない」を口頭で答えたが、4名のうち1名に対しては一貫して嘘をつくよう教示された。この課題を健常コントロール(NC)群にも施行し、その成績を比較した。また、PD患者群に対してはFDG-PETによる撮像を行い、嘘をつく課題の成績低下と相関して糖代謝が低下する脳領域を解析した。その結果、NC群に比べPD患者群では、嘘をつく課題で有意に成績が低下しており、課題成績の低下は前頭前野における糖代謝の低下と有意に相関していた。これらの結果は、嘘をつかないというPD患者群の性格傾向が、実際には前頭葉の機能低下による認知機能障害に由来している可能性を示唆している。また、脳機能画像法によってのみ検討されていた嘘の神経基盤について、神経心理学的な観点からも前頭葉が直接的に関与していることを示唆している。本年度は上記の研究に加え、これまで行ってきた嘘と記憶錯誤の神経機構についての研究成果をまとめた総説を発表した(Abe,2009)。
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