我々は現在までに動体視力の視覚生理学的メカニズムに迫り、動体視力は網膜上に映る像を認知する能力ではなく、『動くもの』に対して正確に眼を向ける力を反映していることを明らかにするとともに、スポーツ選手は眼筋の随意制御によって眼球運動の巧みさを向上させ、視対象を識別する能力を高めていることを明らかにした。しかし、実際のスポーツシーンでは、頭を動かしながら視対象を識別する力が競技力に大きく関与する。そこで、頸部筋紡錘による体性感覚入力が視認というヒトの知覚認知にどのような影響を及ぼしているのかを調べることを本研究の目的とした。 被験者は運動部に所属する男子学生6名を用いた。視覚刺激として、上下左右に隙間が開いている4種類のランドルト環を、速度8種類、移動方向2種類の条件でランダムにスクリーン上に呈示した。合計64通りの視覚刺激を追う場合の視覚刺激の速さと視認の正解率との相関を明らかにした。一連の実験を、(1)感覚入力を全く受けない条件と、(2)体性感覚駆動性眼球運動(COR)を誘発する体幹部回転条件について行なった。正解率と視覚刺激移動速度の相関を心理物理曲線で近似し、条件(1)の実験によって得られた結果と、条件(2)(COR)の感覚入力を受けた結果を比較検討し、条件間の心理物理曲線の左右シフト量を統計学的に解析した。 条件(1)の視認に対して、条件(2)で行った視認を視覚刺激の移動方向別に解析した結果、移動方向に依存して正解率が有意に変化し(p<0.05)、頭部の位置は同じであっても、体の向いている方向から出現する視覚刺激を視認する場合において正解率が高いことがわかった。これは体幹部の回転に伴う体性感覚入力が視認に影響を与えていることを意味する。このことは、スポーツにおいて「正確な視対象の識別」と「体の動き」が密接に関係している可能性を示唆する。
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