ヒトの認知機能の中枢であるワーキングメモリは、その保持容量・操作容量に限界がある。本研究ではこれらの限界容量が、金銭報酬や、誉める・自己評価するなどの社会性報酬によって増加するかをパフォーマンス評価と脳情報処理活動解析を用いて調べた。第1実験は、報酬とワーキングメモリ保持の相互作用を分析するために、金銭報酬量を操作した視覚性短期記憶課題を健康な被験者に対して行い、脳波を計測した。パフォーマンス結果は、報酬量が大きい条件で、ワーキングメモリ保持容量が有意に増加することを示した。脳波データをウェブレット解析した結果、記憶保持期間中に観測される頭頂α波は報酬がない条件では増加するが、報酬がある条件では減少し、代わりに前頭β波が増加した。またこのβ波は報酬量が呈示された期間にも増加した。以上の結果は、β波とα波が動機づけとワーキングメモリの相互作用を表現していることを示唆する。 第2実験は、報酬とワーキングメモリ操作の相互作用を分析するために、視覚刺激として呈示された円が矢印の向きに対して左右どちらにあるかの判断を要求する方向判断課題遂行時に脳波を計測し、動機付けの有無を比較した。動機付けは、1トライアルごとの成績を呈示することで、個人の向上心に基づく報酬を用いた。パフォーマンス結果は、方向判断に要する反応時間が動機付けを行った条件で有意に短くなることを示した。脳活動は、第1実験同様、動機づけ条件で前頭β波が増加し、自己評価による動機づけが金銭報酬と同様にワーキングメモリシステムに作用する可能性を示した。 様々な動機づけによるワーキングメモリの性能向上を目指し、関連する脳メカニズムの解明を試みた本研究により、職場における労働者のパフォーマンス向上や高齢者のリハビリテーションにつながる優れた学習促進型インターフェース開発への貢献が期待される。
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