前年度(平成20年度)は研究の初年度ということもあり書誌の整理などに重点を置いたが、今年度(平成21年度)においては成果報告に重点を置いた。その成果を、「松平定信之《大學》釋義」(台湾大学主催国際シンポジウム「東アジアの儒学と日本」、台湾、台北、2009年9月25-26日)と「松平定信の政治思想」(東北史学会2009年度大会、日本近世近代部会、仙台、2009年10月3-4日)において発表した。本研究課題「18世紀後期日本における近代的国家論の思想史的研究」では近世後期を代表する政治家松平定信をキーパーソンに挙げる。定信については、藤田覚氏らによって政治史的観点から研究が進められ、昨年は高澤憲治氏の著作も刊行され、政権の成立・崩壊についての詳細が明らかになった。しかしながら彼の政治理念・思想の詳細は明らかとなっていない。本研究は従来等閑にされてきた定信の思想解明に真っ向から向かいあったほとんど唯一の研究業績と言いうる。 著述活動が盛んであった白川藩主時代の著作、とりわけ天明4(1784)年に著された『大学経文講義』(別名『大学経文解』、『大学講義』)に注目して、以下の点を明らかにした。(1)「君民一体」論を強調して国家統合を図っていたこと。(2)また「君民一体」のために、君主が「人欲」にくらまされず「本然の性」を発揮し倹約に勤め、民の手本となり自然と徳化がなされると考えていたこと。(3)また君主は安民を旨とする一方で、祖宗への恩に感謝し国家運営に当たる必要を説いていたこと。(4)同時期に官刻孝義録の出版などがあり、定信政権は「孝」イデオロギーの強化によって内憂外患を乗り切ろうとしていたこと。(5)かかる君主論には、南宋の真徳秀『大学衍義』の影響が大きかったと考えられること。以上の新たな知見を提示し得た。
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