平成21年度は、昨年度に引き続き、現象学的自我論を明確化する作業を推進しつつ、現象学における自我論と分析哲学における自我論との関連に関する研究を進めた。その途上では新たに、<自我が世界へと関わる>という事柄に関する、より詳細な分析が必要であることが明らかとなってきた。そこでこの問題について考察し、その成果を論文として公表した。また、その成果に付随して、特に自我が技術を介して世界へと関わる場面に着目して研究を進め、特別講演を行った。さらに、分析哲学における自我論に関して、ウィトゲンシュタインによる「私」の「主体用法」・「客体用法」の分析、カスタネダによる指示詞「私」の分析の検討を中心とした研究を進め、言語分析による「私」の分析の射程を明らかにする作業に取り組んだ。そして、これらの研究に基づいて自我に関する現象学的分析と言語分析の成果を総合しつつ、自我の存立構造に関する研究を推進した。こうした作業によって、自我の体験の不可疑性や、自我の「匿名性」、さらには「自己触発」といった事象に関する現象学的分析の成果と、「私」に関する言語分析の成果との関連を探究した。その成果の一端は、平成21年度中に執筆され翌年度以降に公刊予定の論文・著書等や学会において公表される予定である。なお、研究期間中にドイツおよびフランスに渡航し、フッサール・アルヒーフ等を訪問してフッサールの遺稿を中心とする関連資料を閲覧・収集することにより、研究推進のための有益な情報を得た。これらの研究は、現象学における自我の分析の成果を明確化するとともに、それを分析哲学の成果と融合することによって自我の存在様式を多角的に把握する試みであり、これまでの本研究の成果とそれに基づいて展開される今後の研究は、現象学・分析哲学双方の成果を総合した自我の基礎理論の構築のため、重要な意義を持つと考えられる。
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