『枕草子』の研究が、一つの本文、「三巻本」系統本に限定して行われるようになって久しい。仮名遺いや文法等の面でも<整った>印象の強い「三巻本」は、徹底的な本文的検証の歴史を経ることなく、昭和期の研究状況の中で、他本を措いて唯一「善本」の位置に配された格好である。しかし、江戸期における流布本は、もう一つの主たる伝本、「能因本」系統の本文であった。北村季吟や加藤盤斎らによる古注の言説も、この系統の本文に基づく。 本研究「『枕草子』の注釈史研究-享受史復元の試みとして-」では、明治期までの『枕草子』の享受史の中から、本文とともに切り捨てられてしまった部分をすべて拾い出し、古注釈と現代注の見解の関係について整理する作業を行う。現在の「通説」とは異なる読みの歴史に光を当てる本課題の研究作業により、この作品をめぐって一度は断絶し、読みの歴史から失われてしまった「享受史」を復元する。 初年次は、古注釈の本文と、そこに示された解釈を調査の対象として、現行の特に三巻本系統本による注解付テキストに引き継がれていない箇所及び内容についての悉皆的な調査を進めてきた。使用本文による異同の問題を越えて、作品の内容的特質がどのように捉えられ、変化していったか、注釈研究史の様相について明らかにすることを目的としている。作品及び作者が、時代によってどのように評価されてきたのか、作品の享受史について、社会的な動きとの関わりからも検証するべく、二箇年に亘る本研究の基礎作りを行っている。特に江戸期の各種本文の状況をめぐり、本文の異同と、形式的特徴(標題の形式・段の区切り方・章段の配列等)に注目して、その相違について整理することを行い、データを作成している。
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