本研究の目的は、現場からたちあがる環境倫理の姿を、フィールドワークを通じて明らかにし、その可能性を論じることである。すでに前年度において、道徳的多元性と正義を軸に据えた環境倫理の新たな姿を捉えることが必要であることは指摘してきた。本年度は、前年度までのカリフォルニア州マトール川流域およびクラマス川のフィールド調査および文献調査をふまえ、臨床・応用倫理学としての環境倫理の一つのひな形と、規範的正義論へとつながるその可能性を論じることが出来たと考える。その成果として、(1)『環境倫理学』(鬼頭秀一との共編著)、(2)『多声性の環境倫理:サケが生まれ帰る流域の正統性のゆくえ』の2冊を上梓することができた。 (1)では特に、生態系に息づく生きものたちとその舞台(生物たちや、風や水の流れによって造形されていく大地そのもの)の<生>にあふれる賑やかさ。人間の社会と生態系が相互に連関しながら、ともに未来へ向け生命を寿ぐ賑やかさ、誰かが一方的にリスクや負担を引き受けることがなく、人々(未来世代も含め)が善き生を生き生きと追求する賑やかさ、その3つの賑やかさを担保する意義について論じた。それは、(2)において明らかになった、臨床的な環境倫理からたちあがる、多様性と複数性を可能にする正義のあり方と呼応するものであった。特に、(2)においては、正統性を軸として切り取って見せた環境倫理の一つのひな形は、これらの3つの賑やかさが担保されうるような社会を形作る、ガバナンスの礎を構築しようとする営みへも展開する可能性をもつことも明らかになった。すなわち、これら両者の議論をもって、実践的なガバナンスへと貢献する現場から立ちあがる環境倫理について、その姿を明確に出来たと考えられる。
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