(1)具体的内容: イギリスを中心に、本研究に関わる文化政策および社会教育、社会教育に関する基本文献を収集した。計画していた海外調査の代わりに、国内において重点的に資料収集を行うことで、基本的事実の整理に集中し、以下のことを明らかにした。 第一に、多領域から注目される「カルチュラル・スタディーズ」の領域に、文化政策および成人教育の視点から新たな光を当てた。レイモンド・ウィリアムズをはじめとするカルチュラル・スタディーズの代表的研究者の多くは、文化に関する再定義を成人教育の実践の中で行ってきた。彼らは思想家であると同時に、文化の定義を問い直す実践家でもあったのである。 第二に、1970年代の文化政策の改革における文化の定義の変質(従来のハイアートだけでなく、コミュニティアートも視野に入れた支援の重点化)は、教育の視点を多く含んでいた。「文化の民主化」を推進したアーツ・カウンシル事務局長を勤めたロイ・ショウは、成人教育の研究者であった。 以上のように、文化政策と成人教育の連関、その背景にあるカルチュラル・スタディーズの思想と実践、という先行研究では十分に注目されなかった視点を浮き彫りにすることができた。 (2)意義および重要性: イギリスにおける1970年代以降の文化行政の進展過程は、上記の通り制度的にも思想的にも教育の思想を豊かに含んでいた。対照的に、同時代における日本の文化行政は、教育と文化を制度的にも思想的にも切り分け、教育行政から分離独立する形で進展したため、市民の創造性を育む、あるいは市民の生涯発達を支え、文化的多様性を保障するといった視点が弱いという課題を有する。 本研究の課題である1970年代イギリスと同時代の日本との比較の視点は、日本の文化政策および社会教育・生涯学習政策の課題を歴史的に浮き彫りにし、今後の同政策のありかたに有益な示唆を与えるものである。
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