平成20年10月に開催された日本中国学会など、各種学会・研究会に参加でき、中国近世の小説に関わる新知見を得ることができた。 執筆論文としては、平成21年3月出版の松村昂編著『明人とその文学』(汲古書院)に、「明末の蘇州と揚州の物語--短篇白話小説集『警世通言』から」を掲載することができた。『警世通言』は、後世において、「三言」シリーズと呼ばれる3つの小説集の第2集とされ、その「三言」には中国江南地域の都市蘇州に関わる作品が目につくと従来からぼんやりとした形で言われてきた。ただ、その傾向は「三言」の中の特に『警世通言』ではかなり明確に認められるが、そのほかでは特徴とまでは言えないような状況になっている。『警世通言』の収録作品の記述や描写、成立過程などの分析から、作品と蘇州の関係を論じ、また蘇州だけでなく、長江北岸の揚州府下の街を舞台にした作品も多く収録されていることを指摘した。揚州府下に関わる作品には、近世以降の中国の経済界を席巻した安徽省出身の商人たちに対する偏見と、彼らが住み着いた揚州に対する金銭の街というイメージが存在していると論じた。蘇州や揚州に関わる作品が多いという小説集の傾向から、『警世通言』は蘇州を中心とする江南の読者や購買者をターゲットとして編まれている可能性を指摘し、地域性と出版のあり方について、従来にないレベルで明瞭に説明することができたと考えている。また蘇州や揚州に関わらない作品の特徴についても言及した。 また短篇白話小説集シリーズ「三言」と「二拍」のダイジェスト版として作られた観のある『今古奇観』の景印を取り寄せ、平成21年3月から、そのテキストの分析を行っている最中である。
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