中国の明代末期に出版された短篇白話小説集『古今小説』『警世通言』『醒世恒言』の中に収録されている、明代を舞台にした作品に描かれている科挙に関わる内容について研究を行った。これらの三つの小説集は、これまで一人の編纂者がシリーズとして編纂したものと考えられてきたために、同一の編纂方針があることを前提として研究がなされてきた。しかし、知識人に大きな出世をもたらす科挙は、明代の読者である知識人とその家族たちにとって非常にデリケートな問題であり、その科挙に対する描き方が、三つの小説集で異なっていることを明らかにした。『古今小説』の中の明代を舞台にした作品では、科挙は物語の展開にあまり関わっておらず、物語の最終部分で主人公たちのハッピーエンドを強調するための要素でしかない。それに対し『警世通言』では、物語の展開に強く関わるものがいくつかあり、それらには科挙関連の内容を詳細で具体的に描く傾向が見られた。『古今小説』と『警世通言』には、科挙という題材に関して明らかに温度差のようなものがあると思われ、『警世通言』の編纂方針は『古今小説』とは異なるところがあると論じた。また『醒世恒言』の中には、明代の中後期に著名であった政治家・文学者であった楊廷和・楊慎親子をモチーフにした作品があり、彼らが科挙で優秀な成績で合格したことを知っていることが、物語をより面白く読むための前提になっている。作者は物語の中に科挙に関わる一種のクイズを埋め込んでいるものと思われる。科挙を描いた、科挙にまつわる作品の新しい展開であるだろう。
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