1音楽伝承に関する研究 平安時代から室町時代にかけての楽器の伝承に着目し、天皇や将軍といった権力者によって、ある種の著名な楽器が神秘化されるにともない、それに関わる伝承が成長・増幅し、またはその価値を失った場合には伝承そのものが生みだされなくなる、という実際の政治の動きと楽器伝承との相関関係を明らかにした。具体的には、名楽器とされる楽器のうちでも最も著名な琵琶「玄象」が、平安時代後期以降、天皇や時の権力者たちに重視されるにつれ、伝承も成長を遂げて神秘的な琵琶と認識されるようなものとなり、鎌倉期に琵琶の価値が高まると、これが三種の神器の一つである内侍所の神鏡に準ずるものと解しうるものへと伝承が成長していく様相を述べた。一方、室町期に将軍家により笙が重要視されるようになると、「玄象」伝承は成長を止め、かわって笙の名器「達智門」にまつわる伝承が、簡略なものから将軍の権威と関わるものへと成長を遂げていくことを指摘した。音楽伝承を現実の政治の動きと結びつけた論考はこれまでにほとんど見られず、その関係を指摘した考察は貴重といえる。 2秘伝の相承と楽書生成の実態に関する研究 宮内庁書陵部蔵の舞楽「羅陵王」の楽譜〔羅陵王舞譜〕(狛近真筆)から「春日楽書」中の楽書『舞楽古記』が生成する過程について考究した。その結果、『舞楽古記』は、近真以降の狛家の相承に伴って、近真の子孫が自らの血統の正統性を主張するために編まれたものであること、併せて〔羅陵王舞譜〕がいかに近真の子孫に重んじられていたかを示し得た。これまでほとんど明らかでなかった楽書生成の実態を示した上記論考は、重要な成果といえる。 3未紹介楽書の研究 第2回金剛寺聖教調査研究会において、「金剛寺聖教中の音楽資料について」として研究発表をおこなった。
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