本研究は、有用性の原理に囚われた伝統的な教育観の問題点を解明すると同時に、それを克服する方途を提示することを目的としている。平成20年度の研究は、研究実施計画に沿って円滑に進められ、充実した成果を上げることができた。本年度の研究成果は主に以下の2点に集約できる。1)ボルノウ教育学の中心概念である「新しい庇護性」を、ハイデガー哲学との関係の許で問い直すことで、その意義と問題点を明らかにした点、及び2)ハイデガーの存在論に依拠した既存の教育学研究を比較検討することで、同じくその意義と問題点を明らかにした点である。1)に関しては、a)有用性の原理に囚われた教育観の問題が、ボルノウ教育学の全体に関わる深刻な問題であること、b)ボルノウが等閑視してきたハイデガーの存在論に、その問題を克服する可能性が垣間見られること、という二つの点が明らかにされた点に、その意義を認めることができる。2)に関しては、c)有用性の原理に囚われた世界観・人間観・教育観の克服こそが、存在論に立脚した教育理論に共通の課題であったこと、d)ところが既存の教育理論は存在論の射程を矮小化しており、結局はそれ自体も有用性の原理に絡め取られていること、という二つの点が明らかにされた点に、その意義を認めることができる。これらのa) b) c) d)四つの研究成果からは、さらにe)有用性に囚われた教育観は、現代社会の諸問題にまで通じる根深い問題であること、f)しかし有用性の原理はそれを克服しようとする企図それ自体をも絡め取る構造を持っていること、という帰結が導かれた。これらの帰結は、有用性の原理に囚われた教育観を克服するためには、伝統的な教育学とは異なる思考の枠組みが要請される、ということを示唆している点に、その重要性を有している。
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