計画最終年度である平成21年度には、ハイデガーの存在論に立脚しながら、有用性や価値の桎梏に囚われることのない教育/教育学の在り方を探求することが試みられた。これにより、教育/教育学は、人間の主体性を基軸とする有用性や価値に依拠した次元と、その有用性や価値の枠組みを抜け去った次元という、二つの次元の緊張関係のなかで捉え返された。その成果・意義は主に以下の二点に集約される。 1. 人間の生と世界の二重性に即した知識/伝達の在り方 「存在の真理」に関わるハイデガーの論考から導きだされたのは、学び知ることを差し控えることによって学び知る「予感」と、教え伝えることを差し控えることによって教え伝える「合図」という、風変わりな知識/伝達の在り方である。客観性・確実性を重要視してきた形而上学の伝統が、現代のニヒリズムの根底にあることを明らかにすると同時に、人間の生と世界の二重性に関わる予感/合図という新たな知の在り方を提起したところに、本研究の第一の成果・意義がある。 2. 予感/合図としての知識/伝達から導かれる教育学の研究方法 予感/合図としての知識/伝達の在り方に関する洞察は、形而上学の伝統に基づいた従来の教育学の研究方法を問い直すことを許してくれる。ボルノウが生の成熟の機会として提示した「危機」「出会い」「覚醒」などの出来事を出来事として探求するには、予感/合図としての知識/伝達の在り方を教育学に取り入れることが求められる。このことを明らかにした点に、本研究の第二の成果・意義がある。 知識の伝達こそが教育の中心課題であるという考え方に一定の権利を認めるとすれば、以上のように人間の生と世界の二重性のほうから学び知ること/教え伝えることの在り方を捉え直した本研究は、従来の教育/教育学の根幹を問い直すことによって両者を改めて活性化しようとする、極めて重要な探求であったということができる。
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