本年度は太陽電池の二つの異なる技術を対象とした事例研究に取り組んだ。第1はアモルファスシリコン太陽電池における株式会社カネカの事例である。インテンシブ・ケーススタディと論文の書誌情報分析から、カネカは知識生産のためだけでなく、事業化を意識して科学の場での情報発信を巧みに利用していたことを示した。第2は化合物半導体の一種であるCIS系太陽電池における昭和シェル石油株式会社と本田技研工業株式会社の事例であり、昨年度整備した特許のデータを活用した。誤解を恐れずに言えば、前者は知識生産の担い手として科学に関与してきたが、後者は科学の知見の使い手に徹してきた。特許1件あたりの科学文献引用件数である「サイエンス・リンケージ」によると両社の特許技術と科学との距離に大きな差は見られないが、後者は論文発表件数が極端に少ないからである。 産業への科学の知見の重要性が高まっている。既存企業による科学との関わり方を技術別・企業別に分析し、イノベーションの新モデルを構想するのが研究の狙いである。本研究は、既存企業による新分野での科学との関わり方は、従来のドメインでの様式を踏襲するという仮説を提起する。企業は技術ごとにふさわしい科学との関わり方を選ぶのではなく、過去のやり方を流用すると考えられる。そのため科学と強く結びついてきた分野の企業と、そうでない企業とでは将来の科学との関わり方が異なると思われる。これは日本の産業競争力に重要な示唆を含む。一般に「ものづくり」に秀でた日本企業は多い。それらは暗黙的なノウハウを重んじ、形式的な知識を共有する科学の活動に慎重かもしれない。産業と科学とが接近する中で、もし両者の関わり方に望ましい組合わせがあるなら、この種の日本企業が不得手な分野もありうる。今後、本研究の仮説検証と、望ましい組合わせの有無を調査する必要がある。
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