傷害保険金請求における事故の偶然性の要件については、その客観的証明責任の分配をめぐって学説上長く論争が続き、下級審判例の立場も分かれていた。こうした中、保険法(平成20年法律56号)第80条は、「被保険者が故意又は重大な過失により給付事由を発生させたとき」(同条一号)に保険者は免責されるものと規定した。これで、この問題は立法的に解決したかに見える。しかし、偶発的な事故=自殺でないことの証明が困難であるという問題は、客観的証明責任の分配よりも、むしろ事故の偶然性が真偽不明に至る以前の立証のありかたが重要ではないかと思われる。このような問題意識の下、アメリカの傷害保険金請求に係る諸判例に着目し、そこでの各当事者は、いかように証拠提出責任をそれぞれ負っているのか、事故の偶然性はいかように判断されているのか、その傾向ないし方向性を考察した。そして、偶発的な事故による死亡か否かにつき、アメリカの判例に多く見られる判断の手法(被保険者の立場にある通常人の視点から当該事故の発生が予見可能であったか否かを見極めつつ、被保険者自身の主観的事情・状況を考慮しながら判断してゆく手法)を見ると、「被保険者は自殺していない」ということの主張および証明を、請求者側が当初からしているわけではないことに気付く。むしろ、自殺を示す証拠は保険者が提出しているといってよい。これは、自殺でないことの推定(presumption against suicide)の作用によるものと考えられる。この点を整理しわが国への示唆を検討した成果報告を準備中である。なお、本年度は、本研究に関連して、傷害保険金請求における事故の偶然性の問題と密接に関わる面がある事故の外来性について考察した拙稿「傷害保険における事故の外来性の証明について」生命保険論集165号135頁以下(2008年・生命保険文化センター)を公表している。
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