傷害保険金請求に係るアメリカの裁判例では、事故発生に対する被保険者の予見可能性によって事故の偶然性を判断してゆく手法がとられる。そこでは、被保険者の予見可能性の程度が高いとなると、偶然性は否定されなくても重過失免責条項の適用が問題となるし、さらに結果発生を予見して積極的に危険行為に出たのであれば、自殺による死亡と認定されて事故の偶然性が否定される。ただ、ここで注意すべきは、保険者が事故の偶然性を争う場合には、その保険者の側から積極的に被保険者の予見可能性や自殺を示す証拠を提出しなくてはならない点である。その証拠提出が不十分で当該立証がなければ、偶発的な事故による死亡と認定されてしまう。このような裁判がなされる理由は、一つには自殺でないことの推定(presumption against suicide)の作用によるものといえる。かくして、偶発的な事故による死亡と自殺による死亡の両方のどちらに認定してもよいほどに、当事者双方から具体的事実が陳述されて、その証拠提出が尽されている場合にのみ、説得責任を負った請求者側が敗訴することになる。それ以外の場合は、自殺と認定できる証拠提出がなければ偶発的な事故となる。逆に、事故の偶然性の否定は自殺の認定によってしかあり得ない。偶発的な事故と自殺とは表裏の関係にあるという以上、本来こうした認定のされ方となるべきである。現在の我が国において、保険法施行後もなお傷害保険約款は、請求者側に事故の偶然性の主張・証明責任を負わせる規定の書きぶりとなっている。こうした場合には、今述べたアメリカの裁判例に概してみられる事故の偶然性の判断の手法をとることによって、請求者側の証明軽減は図られるように思われる。本年4月の保険法施行後の新しい傷害保険約款等規定について、背景的事情を含めたいくつかの論点の確認がとれ次第、準備した研究成果を公表する予定である。
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