ソ連崩壊後、数多くの社会調査が実施されているが、約17年の数々の社会調査を振り返り、それらのデータが示すものを適切に理解し解釈するためには、ロシア社会の背景や人びとの価値観の理解が欠かせない。そこで本年度は、1990年代以降のロシアの階層にかんする社会調査の文献を精読するとともに、報告者がロシア・ウラジオストク市で実施した質的調査(ソ連崩壊後に急速に増加するプロテスタント団体のひとつである福音教会「生ける信仰」で行った牧師や信者に対するインタビュー、日曜学校や教会が取り組んでいる社会活動(麻薬中毒者に対するプログラム)の調査)の分析と解釈を行った。 この調査では、学歴、職業、経歴からみてもロシア社会の中間層以上に入ることができず、市場経済の恩恵を受けることができなかった層のライフコースをたどることができ、以下のような成果を得ることができた。第一に、1990年代のロシアで半数以上の人びとが貧困状態に陥った経験をもつことが先行文献で明らかにされているが、そのような状況で孤立した人びとの受け皿として大きな役割を担ったのが共同体としての宗教団体であったこと、第二に、アルコールを絶つことこそが信仰深さの証として語られていたことからも、アルコール中毒問題が他のキリスト教社会と比べて深刻な社会問題であること、第三に、ロシア政府・ロシア正教の立場からは、プロテスタント教会がセクトとみなされているのに対し、プロテスタント教会の人びとは政府によるロシア正教の教育導入に反対しないなど、政府に対して従順な姿勢をもっていること、第四に、モスクワと比べてウラジオストクでは、信仰面でも中央からの影響が小さいことなどが明らかになった。
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